お笑い怪獣として長らくトップに君臨し続けている明石家さんまさん。
近年は、多くの中堅・若手芸人と一緒に出演している番組が多く、わいわいやっている印象が強いでしょうか。
若い世代の人は司会以外の姿はあまり見たことないかもしれませんが、そもそもどんな芸人人生を歩んできたかご存じでしょうか?
あまり語られることのない明石家さんまさんの中学高校や実家、大学は行かず吉本入りなのかお伝えします。
明石家さんまさんの中学高校は奈良のどこ!
明石家さんまさんは、関西出身という印象が強いので大阪出身と思われがちですが、和歌山県生まれで奈良育ちなんですよ。
奈良市立鼓阪小学校では、ムササビを捕まえた少年として有名になり、今でもそのムササビが展示されているという。
奈良市立三笠中学時代は、奈良県中学生相撲大会で2位になったこともあり、1週間ほど相撲部にいたという意外な過去もあるんです。
メインは軟式テニス部で、芸能人になってからテニス同好会を作ったことも。
奈良商業高校ではサッカー部に所属し、県大会のベスト4まで勝ち進んだことがテレビでも語られ話題に。
しかし、授業を抜け出してパチンコに行っていたといい、稼いだお金を友人に分けていたのだとか。
芸人の過去エピソードは盛って話すことが多いのでどこまで本当かは分かりませんが・・・。
明石家さんまさんの実家!
明石家さんまさんの実家は、水産加工業をしていたことが分かっています。
奈良県は海なし県なのに、実家が水産加工をしていたという不思議さがSNSでも話題となったんですよね。
ちなみに、この実家の職業こそが芸名の「さんま」の由来なんですよ。
さんまさんの家族は、父、母、兄、さんまさんの4人家族でしたが、母親は3歳の時に亡くなってしまいます。
その後再婚した継母とはあまりうまくいっていなかったと言われていますが、連れ子の弟とはいい関係だったという。
しかし、弟さんが19歳の時の1983年に、実家が全焼するというショッキングなことが起きてしまいます。
弟さんも亡くなってしまい、当時のさんまさんもショックを隠せない様子でした。
お父さんも2006年に亡くなっていますが、そのお父さんが始めた「カラオケバーさんま」を兄の杉本正樹さんが引き継いで経営。
3回結婚しているというから、さすがさんまさんのお兄さんと言ったところでしょうか。
明石家さんまさん大学は行かず吉本入り?
明石家さんまさんは1974年2月、高校3年生の時に笑福亭松之助さんに弟子入りし芸能界への道に進んでいます。
高校卒業後に内弟子になり修行を開始したため、大学には進学していません。
はじめは「笑福亭さんま」として活動し、弟子入りから半年も経たずに初舞台を経験。
元々は落語家だったことを知らない人は多いのではないでしょうか。
入門してすぐに女性と駆け落ちし、東京に行って一旗揚げるという計画を立てましたが残念ながら失敗。
仕方なく大阪に戻って師匠の元を尋ねると、怒るでもなく元気づけてくたというが弟子としてはクビに。
しかし、活動ができるように笑福亭松之助さんが上方落語界や吉本興業に話をしてくれていたという熱いエピソードがあるんですよね。
さらに駆け落ちの女性が結婚すると、もう一度師匠の元へ戻ることを決意。
もし落語を続けていたら、これまでのような活躍はしていなかったかもしれませんし、さんまさん的にもマネージャー様々なのではないでしょうか。
まとめとして
明石家さんまさんの中学は奈良市立三笠中学校、高校は奈良商業高校でそれぞれテニス部とサッカー部に所属。
実家は、水産加工業でしたが火事で焼失すると、お父さんはカラオケバーに転身。
さんまさんの落語をネタとしてみせる番組があれば、視聴率もそこそこ取れそうですし見てみたいですよね。
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